藤林塾の特長

藤林塾の特長は、個別指導ではなく団体授業を取り入れているところにあります。

藤林塾が団体授業をするようになるまで

藤林塾を開く前のこと。藤木も小林も某塾の一講師として働いていたのですが、そこでは、団体指導のクラスと個別指導のクラスとが併存しており、どちらも教える機会がありました。教える立場としては、団体指導は楽しくやりがいもあり力を入れてやっていたつもりですが、個別指導は正直いって苦痛でした。やる気がおこらないのは生徒も同様のようで、お互い暗黙のうちに、なあなあの授業で終わらせたこともあります。ひどい話ですが、一講師としては言い分もありました。やってられないというのが正直なところです。
私たちは、数人の講師で教科ごとに団体授業を受け持ち、担当の講師が、たえず授業のようすを教え合い、情報交換をしながら、次の授業に生かしていくという方法をとっています。面倒見の良い塾であろうとすれば、おそらくこの方法しかないだろうと思われます。個別指導塾は、面倒見が良いようであって、実はそうではありません。個別指導の方法を取るとき、必ず担当講師に任せっぱなしになります。私たちは経験からこれをはっきり言うことができます。団体指導しかないというのが私たちの結論なのです。

個別指導

・苦手分野は基礎から
・自分のペースでつまずきを克服しよう
・苦手が克服できれば、勉強のやり方が分かる
・苦手が克服できれば、自信につながる
・他教科にもきっといい影響が出る

団体指導

・得意教科こそ伸ばすべき
・自分のペースでは間に合わない
・できない問題と向かい合わない
・得意教科を伸ばせば勉強のやり方が分かる
・得意教科を伸ばせば、自信につながる
・得意教科と苦手教科では対策が異なる

個別指導と団体指導ー受験のためには、どちらの橋を渡るべきか

【個別が高いは丁寧だからではない】

個別指導の塾は、1コマあたりの授業料が高いのは、まったく塾側の事情によるものです。1人あたりの経費がかかるから高くなるだけのことに過ぎません。まずは人件費。生徒1人か2人で先生の人件費を負担するのですから当然高くなります。そして家賃。個別指導塾はブースを設けて教室を細かく分けますから、同じ面積あたりで利用できる生徒の数が少なくなります。その他、光熱費、教材費、授業を担当しない教室長・事務員の人件費などがかかり、それらがすべて必要経費に加算されていきます。良い授業をしているかどうかとは関係がありません。個別指導の講師は、団体と比較すると、未経験で,指導力が不足している者が多いのですが、それでも授業料はシステム上安くできないのです。

【個別指導で学力が向上するのか】

個別指導の塾を選ぶ生徒の多くは、学力に自信がないことが多い。団体授業について行けなそうだから個別を選ぶというわけです。費用の問題がありますから、個別指導塾は少ないコマ数で済むプランを提示します。「だいじょうぶですよ。少ない時間でも効果があります」などと言いながら。でも、これはまったくの気休めに過ぎません。学力に自信のない生徒に、わずかな授業時間数で,苦手教科を克服させようとする。しかも、多くの場合、未経験で指導力の不足している講師が、です。それが無茶であることは明らかでしょう。個別指導がしばしば馴れ合いの授業に堕してしまう理由がそこにあります。そもそも無理な要求なのです。

個別指導をやらない理由

【集団のメリット】

一つだけの定期試験で教科を絞ってそこで点を取る、というときには個別指導は生徒によっては集団では有効です。しかしハードルがいくつもあると個別では時間的あるいは金銭的な意味で対応できません。
集団では、いくつものハードルの中で、自分の飛べるもの飛べないものが自分で分かります。飛べないものもみんなでやるとできるようになります。1人で苦手なものをずっとやっているよりも、集団の中であえていろいろやってみる、自分が飛べなくても飛べる人の様子を間近で見ることができます。

【時間数の差】

「基礎ができていないなら、全部のハードルを倒してでもゴールする」という気合いと根性は、集団授業で時間をかけてしか身につかないものなのです。一つ一つのハードルにこだわって、全体を失うようなことは、決してあってはなりません。入試はとにかく5つのコースを最初から最後まで走らなければならないのです。勝負は、全コースを何回何十回走ったか、で決まります。個別授業では圧倒的に時間が足りません。

【理科・社会への対応】

個別指導では、理社への対応が全くできません。問題集を渡して自分でやっておけ、もしくは理社のみ団体化しているというケースもあるようです。
藤林塾では資料や統計、グラフなどを活用した文章題や計算問題に重点を置いております。始めに回答の原則、書き方を提示し、その後何度も何度も似たような問題を繰り返し、そのたびに原則を強調する、を繰り返す中で、生徒たちが自分なりのやり方を見つけるようにします。